HIPHOPサンプリング誕生と発展

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(2008/01/16)
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誕生と発展
1979年のシュガーヒル・ギャング「Rapper's Delight」(シックの「Good Times」を引用)のスマッシュヒットにより、サンプリング技法とブレイクビーツは世界的に知られるようになり、ヒップホップという新たな音楽ジャンルを発展させる原動力となる。

1986年、Run-D.M.C.が、ハードロックバンドのエアロスミスをサンプリングし、後にコラボレーションした曲「Walk This Way」は、MTVでヘビーローテーションとなり、ビルボードのトップ5になった最初のヒップホップの楽曲となった。ビースティ・ボーイズは、1987年のアルバム「Licensed to Ill」で、ブラックサバスやレッドツェッペリンの曲をサンプリングし、ヒットを記録。続く1989年のアルバム「Paul's Boutique」でもサンプリングが多用されヒットした。このことは、ヒップホップ界にブレイクビーツやスクラッチという手法以上に、サンプリングの可能性を見せた。

ヒップホップ以外では、アート・オブ・ノイズ、キャバレー・ボルテールなどのロック・ポップスグループがサンプリングを手法として使用した。また、自然音や楽器音を取り込むという点では、メロトロンなどの電子楽器が1960年代より存在し、音声テープによる音響効果とともに電子音楽やロックの世界ではすでに長らく使用されてきてはいたが、1980年代に至りフェアライトCMIやシンクラビアなど高性能なサンプリング機能を持つ楽器が登場すると、多くのミュージシャンが利用するに至った。ただし、これらはヒップホップにおける「他人の楽曲をそのまま利用する作業」と異なり、一種の音響効果、楽曲内における音自体の有用性を狙ったものであり、同じように「サンプリング」と呼称されていても両者は峻別すべきであろう。

ビズ・マーキー事件

1991年、ヒップホップ・アーティスト、ビズ・マーキーのサードアルバム"I Need a Haircut"で、収録曲"Alone Again"のネタとなったサンプリングの許可を取っていなかったことが公となり、ネタ元の歌手ギルバート・オサリバンに訴えられ同年12月16日全面敗訴が確定、アルバムが回収となる騒動が起きた。この一件からアーティストはサンプリングの使用に際して代価を支払うべきという判例が確定する。この騒動を通称「ビズ・マーキー事件」という。

また、1989年、ヒップ・ハウスグループThe Crewの”Get Dumb!(Free your body)"はボイド・ヤーヴィス(Boyd Jarvis)の"The music's got me"を部分的にサンプリングしたが、これも1993年ヤーヴィスに訴えられ敗訴。

さらに、イギリスのテクノグループ、KLFは他人の曲を無許可でサンプリングすることで問題を起こすなど、サンプリング手法が広まり始めたころは著作権問題を引き起こすことが多かった。

これらの問題以降、クラシック音楽などのパブリックドメイン(PD)音源からのサンプリングも多くなり、また、サンプリング用の著作権フリー音源集のCDなども発売されるようになった。


90年代以降

80年代半ばのRun-D.M.C.の商業的成功を経て、ヒップホップが一般的に認知された90年代以降、マライヤ・キャリーやジャネット・ジャクソンなどの楽曲をはじめとして、R&Bやダンス、ポップスなど他のジャンルでもサンプリングは当たり前のように使われるようになり、もはや洋楽を語る上で外すことの出来ない音楽制作技法となっている。

90年代中頃、DJ・プレミアはサンプリングした元ネタをさらに細かく切り刻み再構築する「チョップ(Chop)」という技法を開発した。チョップを使った代表的な曲には1998年発表のギャング・スター"You know my steez"などがある。

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